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2008年12月

さよなら2008年

2008年もあとわずかで終わる。

私事都合によりNHK-FMのアニソン三昧ファイナルはラスト2時間を切ったところでようやく聴くことができた。本日かかった曲リストは公式サイトに上がっているので確認してみたが、1曲目からストパンOPとは期待を裏切らないな。

当ブログも開設してから早5年。今まであえて直接ブログでは触れていなかったが、最近になりブログタイトルの下にあった「藤子不二雄とかドラえもんとか色々」の文字を外した。理由は単純で藤子ネタやドラえもんネタをめっきり取り上げなくなったからである。

わさドラは録画だけは続けているものの、めっきり見なくなってしまった。溜まった録画は既に1年分以上ある。見てない以上、本編についてあれこれ言うことはできないし、何故見なくなったのかに関しては多忙だけでは片付けられない複雑な事情もあるので、この場では割愛する。

藤子ネタやドラえもんネタを復活させる意欲はまだあるのだが、近い将来ではなくちょっと遠い将来になりそうだ。

昨年の大晦日に増えたように、今年は生涯生きてきた中で最大の変化が訪れた。だが、それは身の回りでの最大の変化である。来年2009年は、今度は自分自身にとって最大の変化が訪れる年となる。いや、必ず最大の変化を起こさなければならない。そう言う意味では今年以上に来年は勝負の年となろう。


と、2009年1月4日に書いたところでオチを付ける。それでは良いお年を。

撃沈のC75 3日目

さて、冬コミである。

今回も前回と同じく3日目のみの参加となった。

ビッグサイト到着時刻は前回よりさらに1時間早まり、8時前には着いた。それでも、入場できたのは前回より30分ほど早い10時半前。

事前のカタログチェックでお目当てのサークルは西に集中していた為、西へ向かった。壁サークルから並んでいったのだが既に数百人を超える列が。とはいえ2限だから余裕と見ていたのだが、あと50人前後まで行ったところで非情にも「売り切れました!」との声が。前回も前々回も12時頃までは余裕だったと記憶しているのになんだ今回は?人数増えたのか部数が減ったのか?両方のような気がしないでもない。ほぼ時を同じくして、今回一般初参加のモモーイも売り切れ報告が。待機列から撤収してモモーイの場所へ行くと、本は売り切れていたが、無料ペーパーを桃井はるこ御本人が配っており、直接受け取ることが出来ただけでも幸いであった。

いきなり肩すかしを食らった為か、西で予定していたサークルを回り終えるも、新刊がコピー紙だったりとにかく不調が続く。そして東へ移動。優先順位がそこそこのサークルは既に売り切れており、不調は続く。

結局、最後まで引きずったあげく、西へ戻ってから東のチェック漏れに気づくなど、西と東を2往復するなど散々であった。

前回があまりにも良すぎた分、反動が来た感じであった。

予定より懐が寒くならず十分暖かかった事を良しと思うことにする。するしかないorz

ただ、今回、企業ブースで通販を受け付けていたものは事前に切り替えておいてある程度正解。企業ブースは西から東へ行った後に行ったが、通販で申し込んだ中には既に売り切れだった物もあったからね。逆に閑散としていた所もあったが。

恒例オフ会&カラオケ

本日はドラちゃんのおへや&はなバルーンblogのオフ会に参加。

いつもの参加者の他に新顔の方もいて新鮮。以前、別の場所で会っている方という事もあったが。

1次会は居酒屋にてまったりトーク。

個人的に最近は藤子熱から冷め気味だった為、この日の為にネタを事前に用意しておいたのだが、全く触れる事はできなかった。だが悔しいとか残念とかはそんな事は一切無く、旧ドラ画像掲載の1979年のアニメージュやチャージマン研の話題などで盛り上がったほか、SoftBankケータイの話でも盛り上がることが出来た。

2次会はパセラへカラオケへ。

今回一番盛り上がったのは谷山浩子とケメコデラックスOP&ED。しかも、よりによって「プリップリン体操」を歌っている最中に店員がジュースを運んできてしまい、何人かの方は凍り付いていた。水島努監督の気○いじみた歌詞は中毒性がある。

他にもマジカルエミOP「不思議色ハピネス」をほぼ全員で熱唱したり、最後は「レッツゴー・サザエさん」で締めたりと、カオスっぷりはとどまるところを知らないのであった。

ご一緒された方、お疲れ様でした。

ジャンプフェスタ2009 2日目

今まで行ったことがなくて、今回、銀魂ステージ目当てで足を運んでみたのだが・・・。

銀魂ってこんなに人気あったのか。ステージイベント軽く数千人は超えていた。1万人近くいたかもしれない。あまりの人数の多さに立ち見客の誘導が遅れ、開始がずれ込んだほど。腐女子パワー恐るべし。釘宮にもそれなりの声援があったのはハガレンや隠の王の影響だろうか。

銀魂ステージはそれなりに楽しめた。しかし、来年以降、二度とジャンプフェスタには行く気にならなかった。

あまりにも客のマナーが酷かったからである。こんなに汚れた幕張メッセは初めて見た。床にはパンフレットが散乱しまくり。カードを開封した袋も散乱している。

次世代ワールドホビーフェアも東京ゲームショウも、こんなに汚かった記憶がない。みんな捨てているから、つい自分も・・・という軽い気持ちが働いたのであろうか。

走り回る人間も至る所に見られた。どの世代が多かったのではなく、来た人間全体的にレベルが低かった印象である。とはいえ、客層が前述の2つとそんなにずれているとも思えず、ある程度はかぶっているはずである。なのにこの差は何なのだろう。

来年以降、ジャンプ本誌において、マナー向上を訴えていってほしい。


終了時刻直前。この数時間前は、10倍以上はあった。

ブルトレ「富士」「はやぶさ」廃止正式発表

昨年11月、朝日新聞から2009年春ダイヤ改正で廃止となる事が報道された。それから約1年。本日ついにJR各社から来年3月での正式廃止が発表された。

朝日の報道の時点で先行きは見えていたからこそ、今年の9月下旬、九州からの復路に初めてブルートレインを選んだ訳だが、実際に乗ってみた感想は「廃止になって当然、むしろ今もこの状態で走り続けている事自体が奇跡」という厳しめの結論にならざるを得なかった。

運賃は飛行機や新幹線より高く、速度も飛行機や新幹線より圧倒的に遅い。それでいて車両は豪華でもレトロでもなく、国鉄時代から根本的な改善策がなされないまま走り続けてきた。北海道方面の夜行列車のようにくつろぐスペースもない。

成り行きでA個室(シングルDX)を利用したのだが、天井の一部はガムテープで補修してあったり、車体は所々ペンキが剥げ落ち、悲惨な状態だった。壁の温度計にはJNRマークが残っていた。これが昭和50年代国鉄で一番豪華だった部屋の成れの果てである。機関車も客車ももう限界だったと思う。

JRからは残そうとする意志すら感じられなかった。それが悪いことなのか決めつける事はできないけど、もう少し、何とかならなかったのかとは思う。

こんな時代だからこそ、時には多少お金を払っても、時間がかかっても、ずっと乗り続けていたい列車が、各方面に1本は存在してほしかった。

だからこそ、「寂しい」と言うよりは「残念」という思いがする。


博多にて


A個室オロネ15ですらこの有様


ガムテープで補修・・・

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