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2004年9月

没後8年という歳月

 藤子不二雄やドラえもんについて扱う掲示板やブログを、普段、いくつか巡回しているのだが、F氏のご命日である9月23日から週末にかけては、いつもより多く巡回してみた。全ての藤子不二雄・ドラえもんファンにとって忘れることのできない日にファンは何を思ったのか知りたかったからである。しかし・・・。

 没後、1年、2年経過した頃は熱い思いを寄せるファンが多かった。だが、年数が経過するにつれ減り続けていった。今年はどうだったか。熱心な原作漫画ファンは今年ももちろん日記やブログ、掲示板を通じてそれぞれの思いを書いている。某メーリングリストにも熱い思いを書いた投稿が次々に寄せられた。一方、掲示板の常連者に若年層が多いドラえもんファンサイトは、全く触れていない所も多かった。覚えていたとしても触れなかった人も多数いるかも知れないし、もちろん触れなかったからといって攻めるつもりは全くないのだが。あくまでネット上を見た限りの考えではあるが、命日自体を知らない子供や忘れているファンも多いのではないか。いや、ドラえもんの生みの親が藤子・F・不二雄という事すら知らないのかもしれない。

 原作者死すとも、今日もドラえもんは生き続けている。その事を嬉しく思う人は大勢いる。だが、大勢の人の中に存在するドラえもんは、名前だけが同じで中身は別物となりつつある。その事は作品としてのドラえもんとして本当に幸せなことなのだろうか。天国の作者は何を思う・・・?

 前回、「今日は全ての藤子・ドラえもんファンにとって特別な日」と書いたのは、この日をいつまでも忘れないでという思いもあったからだ。

 8年前、受験で頭がいっぱいだったという事もあって、恥ずかしながら告別式に行こうとは全く思っていなかった。そして、未だにお墓参りもしていないが、いつの日か行こうとは思っている。

vodafone 第3世代携帯VGS向け新機種発表

昨日22日、vodafoneから第3世代(3G)携帯電話 Vodafone Global Standard (VGS)向け新機種が一挙に7機種も発表された。しかし、発表された機種を見ても、購入意欲は全くわかなかった。シャープ以外の機種は最初から興味がわかなく、2機種発表したシャープもPDC向け現行機種であるV602SHとV402SHで採用しているスウィーベルスタイルであり、背面液晶が902SHはV602SHと同じ白黒1行、802SHはV402SHと同じく未装備。ある意味、V601SHより退化している。メイン液晶を反転させた状態で閉じればいいだけの話かもしれないが、大画面液晶を外に出したまま閉じて使いたくはない。少なくとも、V601SHの延長線上のデザインでなければ、購入意欲は沸いてこないだろう。また、今までSDメモリカードで統一されてきた外部メモリの規格が、今回はバラバラになってしまった。シャープ以外のメーカーは、NECがMiniSDメモリを採用したのはともかく、他のメーカーに至っては、ソニーエリクソンは会社の立場上絶対にSDメモリを使いたくないらしく、メモリースティックDUO、モトローラやノキアはRS-MMCやTransFlashメモリカードスロットという日本国内では普及していない規格を採用した。またストレート端末を用意した点は評価できるが、肝心の形状が今まで日本では見られなかったデザインで、売れないような気がするのだが・・・。

こちらの記事で「(従来の3G端末)801シリーズは、2機種しか用意できなかったことが大きな反省点。今回は、競争力のある端末ができた。(ドコモやauと)十分に戦える」なんて語っているけど、本気でそう思っているのかね。最近のvodafoneで、特にまずいと思っているのは、世界標準の名の下に、全世界で同じ端末を発売しようとしている事。海外の携帯電話はビジネス利用が中心なのに対して、日本は遊びやコミュニケーションのツールとしての側面も強い。従って、日本市場にあった独自端末を投入した方がいいと思うのだが。

今回の新機種は、開発時期を考えれば前社長のグリーン氏の影響が残っていると思うし、ドコモから移籍した新社長の津田氏の影響が出てくる来年以降の端末に期待するしかない。もっともVGSでPDCのステーションに代わるサービス(GPSを応用?)が提供されない限り、VGSに移行する気はないけどね。V601SHは未だに最高の端末だよ。長いつきあいになりそう。

本日は藤子・F・不二雄氏のご命日

今年もこの日がやってきた。今日は全ての藤子不二雄・ドラえもんファンにとって特別な日である。1996年9月23日、藤子・F・不二雄こと藤本弘は62歳でこの世を去った。あれから早8年が経過した。

あの日、当時の私は受験生として最後の追い込みを始めつつあった。アニメのドラえもんはほぼ毎週見てはいたが、原作漫画からは遠ざかっていた。あの晩、風呂から上がってフジテレビのSMAP×SMAPのワンコーナー「ビストロスマップ」がCMに入り、テレビ朝日のニュースステーションへとチャンネルを回した。すると、「藤子・F・不二雄氏死去」というニュースが流れていた。そのニュースを見たあと気が動転しながらもまず思ったのは「来年の映画はどうなるのか?」ということであった。そして深夜になり、家族が寝静まったあと、一人で泣いた。涙が出た。人の死で泣くのはこれが初めてであった。翌日、訳もわからずに学校の帰りがけに久しぶりにコロコロコミックを買った。コロコロは毎月15日発売なので当然ながら死に関することは一切載っていない。でも、ドラえもんの絵は一目で変であることがわかった。デッサンからして崩れていて、体調が相当悪い、もしくはまるで他人が描いたみたいである。あとから知ったことだが、実際に他人が描いていたのだ。F氏は最初のカラーページしか書いておらず、あとは下書きを途中まで手がけ、仕上げは全てアシスタントに任せていた事を知ったのはかなり後になってからだ。

思い返せば、1996年当時、シンエイ動画の藤子アニメを見て育った世代はちょうど10代後半から20代に中盤くらいまでにさしかかろうとしていた。F氏が亡くなった1996年から数年は、日本においてインターネットが急速に普及し始めた時期でもあり、インターネット黎明期においてはドラえもんや他の藤子作品、藤子不二雄そのものを扱ったサイトが次々に誕生していた。それらのサイトの運営者の多くは20代くらいで、データ系のサイトも多かった。インターネット上でのサイト運営や掲示板の書き込みに熱心に打ち込めるのは、せいぜい20代半ばまでくらいだと思う。つまり社会人になる前である。シンエイ動画の藤子アニメを見て育った世代がちょうど重なっていたのだ。ネットが普及する以前、10代後半以上の多くの藤子ファンは周りから偏見の目で見られたりして藤子漫画の話し相手などいる方が珍しかった。そのようなファンは、データ系サイトを訪問することによって、例えば、ドラえもんには単行本に収録されていない多数の作品が埋もれていることを初めて知ったファンも多かったはずだ。いくら藤子不二雄やドラえもんに詳しくても一人の力でデータを充実させることは困難であるが、サイトを訪れた多くの熱心な藤子ファンによって、情報が提供されギブアンドテイクでデータも充実していった。

また、1996年頃は藤子不二雄ランドも絶版となり、てんとう虫コミックスもドラえもん以外の作品は品切れ状態、現在より藤子漫画を取り巻く状況は厳しかった。藤子漫画を復刊する要望が起きたのは自然な成り行きであり、藤子漫画復刊運動のサイトも開設された。1997年頃から多くの藤子サイトにはそこへのバナーが貼られるようになった。復刊.comたのみこむと言った、企業が運営するサイトはまだなかった。できることと言えば、とにかく署名を集めることだった。実際にある程度署名が集った時点で出版者宛に送っている。ドラえもんのカラー作品集が出版された背景には、署名運動の成果もあったのかもしれない。2000年になると復刊.comが開設され、藤子ファンは掲示板やメーリングリストを通じて投票を呼びかけ、復刊.comにはあっという間に復刊交渉開始の条件となる票が集まった。そして、紆余曲折の末、約2年後に、絶版になっていた藤子不二雄ランドのうち、安孫子作品のみ藤子不二雄Aランドとして復刊にこぎ着けることができた。

そして現在、インターネット黎明期を支えた多くの藤子ファンは、既に社会人となり、サイトの更新もほとんどされなくなったり、閉鎖されたサイトも多数ある。掲示板に書き込む常連者もガラリと変わった。2004年現在、藤子系というかドラえもん系ファンサイトの常連者の多くは、藤子・F・不二雄健在の頃を知らない世代になっている。インターネット黎明期を支えた多くの藤子ファンは既にネット上にはいない。しかし、かなりのデータ系サイトは残っている。インターネットの普及に伴い低年齢化も進んだが、老舗藤子サイトを読んだ若き藤子ファンの中には、テレビアニメ化作品には欠けている藤子漫画の魅力を知ったり気づいてくれた方も大勢いる。しかし、中には、藤子漫画の魅力を知ったばかりに、得意げになって理由もよくわからずに現在のドラえもんについて文句を言ったりする輩も時々見受けられる。その結果というわけではないが、現在のアニメドラを楽しむ肯定派と批判派に分かれて、亀裂が生じている。昔から亀裂がなかったわけではないが、年々亀裂が深まっている気がする。時々、掲示板で論争が起きたりするが、たいていは意見の交換にもならず、出し合いで終了する。肯定派は「原作厨うぜえ」否定派は「オリジナルは糞だ。原作やった方がマシだ」の繰り返し。相手の考えを変えようという気はない。自分の考えを一方的に述べるだけ。もちろん、相手の立場や考えも尊重するのは大切ではある。でも、自分の意見で相手の考えを変えてやるという志を時には持つことも必要かと思う。


と書いたところで、なぜ、今回こういう話を書いたのかというと、F氏が亡くなってから時間が経つにつれ、亡くなってからの数年の間、原作漫画の魅力をインターネットで書いたり訴えてきた功罪を感じ始めている気がしたからであるが、続きはまた後日。

iBookG4購入

iBook買ってしまいました。一番安い12インチのやつ。初のMacである。BTOでHDDを増やしてAirMac(無線LAN)を内蔵させたが、予算の都合で Apple Mouse の購入は見送った。とりあえずWiNdyのセールでキーボードほしさにマウスとのセットを買って余ってたVANGUARDマウスを付けてみた。マウス本体の色がホワイトパールマイカなので違和感はないが、コードが真っ黒なのはちょっと・・・。

設定は比較的スムーズにできたが、無線LANの設定でちょっと引っかかった。1番から4番まであるWEPキーのうち、AirMacで設定できるのは1番だけである事に気づかず、設定項目を探し回ってしまった。その他はWindowsとのファイル共有を含め、だいたいうまくいった。


時を同じくして、2年近く使用しているルーターの調子が悪くなり、メーカーに電話したら要点検・修理との判断が出てしまった。必需品であるが上に家族と相談してすぐに新機種を買いに行ったのであった。

ドラえもんは怠け者養成漫画なのか

よく目にするのは、ドラえもんはすぐに道具を出すから教育上よくないだの、ドラえもんを読んでいるとのび太のようなろくな大人にならないという意見である。はたして、ドラえもんは本当に怠け者養成漫画なのであるかという事である。このような話を進める際には、藤子不二雄A作品も入れて藤子不二雄として扱うのがいいのか難しいところだが、ここでは、ドラえもんを中心とした藤子・F・不二雄作品全般に限定して話を進める。

怠け者を、仮に本人はそう思っていなくても、周囲の人間に迷惑をかけてアカの他人から見たら人生を無駄にしているように見える、たとえばパラサイトと定義する。一人前の大人を妻子持ちの家庭を築いていると定義した場合、藤子漫画ファンと普通の人間とでは、おそらく藤子漫画ファンの方が独身率は高いと思う。では、のび太がダメ人間だから大人になっても読んでる読者はダメ人間なのか?これは、違う。のび太にあこがれて働きたくないから大人になっても卒業できずに読み続けているとでも思われているのだろうか。少なくとも、のび太がぐうたらだからではない。藤子漫画は作品の量も膨大だし、じっくり研究や考察をするにも膨大な時間がかかる。藤子F漫画の魅力にとりつかれてしまった人間にとっては、そちらを優先した結果であろう。一つの物事に夢中になりすぎて人生を棒に振るのはどの趣味でも起こりえることだ。もちろん、藤子漫画ファンにも時間の使い方がうまくて両立できている方も多数おり、一概には言えない。パラサイトになる可能性があるから藤子・F・不二雄作品は薦められないのかというと、そんなことはない。

では藤子・F・不二雄作品の魅力はのび太のダメさなのか?そもそも、のび太は本当にダメ人間なのか?まず、考慮するべき必要があるのは、ドラえもんは作者も含めて誰もこんなに長く続くなんて思っていなかったこと。それに、学年誌連載作品であったことである。学年誌連載の漫画は漫画専門誌の漫画といくつかの点で根本的に異なる。原則として連載が1年単位であることや、対象学年に対して作風を切り替えているということである。たとえば、小学6年生の3月号に掲載されるドラえもんは、のび太が何らかの精神的成長を臭わせる展開の話が描かれることが多かった。これはもちろん、これから中学生になる読者に対して描いたからである。でも、4月号になったら、下から上がってきた読者に対して、再び描かねばならない。当然、リセットされる。ドラえもんは連載当初は数ヶ月や1年の連載で終わる作品を想定して描いていたかもしれないが、いつのまにか1話リセットで延々と続く作品になった。これが、長い目で見てみると、のび太はいつまで経っても成長しないという意見が出てくる元になったのだと思う。藤子・F・不二雄はそういう意見があることを全く無視していたわけではないようで、たとえば、藤子不二雄自選集4ではこのような見解を述べている。

ドラえもんの漫画本編も1話リセットが基本とはいえ、長期連載の中でのび太の性格も少しずつ変わっていった、また、作品中ではのび太は少なくとも結婚しているし、最終的に一人息子のノビスケが結婚するまで立派に育て上げている(ぼくドラえもん25号収録「45年後・・・」)。妻子持ちの家庭を築く、これだけでものび太は十分大人になっていたと言える。確かに、小学生の一時期はドラえもんの助けを借りたかも知れない。しかし、のび太が大人になる頃にはドラえもんは野比家には居候していない。こうした話が書かれるようになったのは長期連載になるにつれて世間からの批判の声の影響もどこかしらにあると思う。でも連載初期に描かれた未来でも大人ののび太の前にドラえもんはいなかった。当初ジャイ子と結婚していたのは早い時期に既にしずかに切り替わっていた。これも一時期完全に忘れられていたスネ夫の弟と同じで、作者はあまり深く考えていなかったかも知れない。

藤子・F・不二雄作品の魅力に話を戻す。大人になっても藤子漫画を読んでいる人間は、有識者の意見としてよく世間で見られるような、空き地や土管が懐かしいとか、道具に夢があるからといった理由で読み続けているわけではないようだ。では、どういった理由で読み続けているのか?大手同人誌やメーリングリストの投稿を見る限り、S(スコシ)F(フシギ)的要素であるとか、あるいは、藤子F作品では国内外を問わず文化や神話を取り入れる場合も多いので、その元ネタの考察とか、漫画史の話とか、大人の視点で読んでいる。藤子F漫画を考察するには、分野にもよるが、例えば、国内外の文化や神話、時代背景など歴史の知識も必要になってくるし、S(スコシ)F(フシギ)的要素の考察には科学の知識も必要となろう。

藤子・F・不二雄作品やドラえもんのファン、特に大人のファンが奇異な目で見られる要素の一つはアニメの存在である。アニメには他人の手が入る以上、どうしても原作漫画にあるような子供向け漫画であっても大人になったら大人の視点で読み進める要素が欠ける。欠けることによって、ドラえもんや藤子漫画を読んでいる大人に対する偏見が増えるわけだが。なんであんな幼稚な作品を大の大人が読んでいるのだろうというように。なにしろ、大多数の人間は原作とアニメは別物とは意識せずに、多くの人の目に触れやすいアニメをその作品全てと思ってしまうから。また、ほとんどの人間は、藤子・F・不二雄が大人向け短編を多数発表していたことをしらない。大人向け短編を読んでからドラえもんに代表されるような子供向け作品を読み返すと、今までと違った視点で面白く読むことができる。これはある程度年齢と経験を重ねたものにしか味わえない。子供のうちは大人向け短編を読んでも意味を理解することが非常に困難だからだ。

現在、アニメのドラえもんは対象年齢の一層の低年齢化が進んでいる。あの路線では、子供は自分の意志で原作の単行本を買えるようになる前にドラえもんの視聴をやめてしまう。また、原作漫画の存在しないアニメオリジナル作品は出来と不出来の差が非常に激しく、道具の面白さよりは、キャラクターのグンニャリとした動きや過剰すぎる演出で笑いを取る作品になっている。その結果、生じている弊害は、原作漫画を知る人の高齢化が年々進んでいるということである。自分の場合も藤子F漫画の魅力を知ったのは皮肉なことに藤子・F・不二雄没後に出版された追悼本に掲載されたSF短編がきっかけだった。それまではアニメ中心でSF短編には見向きもしていなかったから。

ドラえもんは国民的キャラクターにはなったが、国民的漫画にはなるどころか、逆に年々マニアック化しているような気がする。

また、ドラえもんを批判する人間に対しても、その人間が藤子F漫画をどの程度読んでいるのかで違ってくると思う。また、この手の批判に反論する際に、例えば藤子F漫画のこれとこれを読んでみてくれと言おうとしても、作品がとにかく多すぎる。最低限これだけ読んでおけば藤子F漫画がわかると言った絞り込みが非常に困難である。

近年は、一時期の絶版だらけの状況と比較すると、てんとう虫コミックス未収録作品は容易に読める状況にあるが、根本的な問題はますます深刻化している。この続きはまたの機会に。

非常に不安なブラックジャックのED

先日、犬夜叉のOP/EDを集めたCDの一面広告を見かけたが、曲の切り替わりの早さと言い、関連性のなさといい、avex所属の歌手のベスト版のジャケットを高橋留美子が手がけているといった方が適切である。しかも、これが大多数の人間に受け入れられちゃっているんだから。avexは曲を使い捨てとしか思っていなくて、何十年以上にわたって歌い継がれるような曲を送り出す気なんて全くないと感じる。

んで、犬夜叉の後番組、ブラックジャックの歌手と主題歌が発表されたが、EDは大塚愛の「黒毛和牛上塩タン焼680円」だってさ。ブラックジャックについては高額な治療費を要求しながらも腕は確かという無免許の医者を描いた作品という最低限の知識しかないのだが、いくらなんでもEDのタイトルひどすぎ、まさか 和牛=人間 とたとえていることはないと思うが、ドラえもんのナマズといい勝負だな。新曲がたまたまブラックジャックのEDに使われることが決まっただけの話なのであろう。今、一生懸命マスコミ向けのこじつけのコメントを考えたりしてな。

歌の発注が来ると、原作を熟読し完全に自分のものにしてから創作に取りかかっていた故・岡崎律子のような人間はいないのか?

そんなavexの数少ない良心(?)だったのがヤミと帽子と本の旅人のOPとED。EDは主役を勤めた小林沙苗が歌ったが、注目されるのはOPの「瞳の中の迷宮」。avexはavex modeというアニメ専門レーベルを持っているが、OPに関してはavexレーベルで出された。OPは新人の嘉陽愛子のプロモーションとして使われたとはいえ、OPもEDも作品の世界観というかストーリーを作品名なしで歌いきった名曲である。正直、嘉陽愛子の歌唱力は発展途上の段階であったのは否めないが、CCCDでなければ、おそらく買っていたと思う。本日9月17日、avexは原則として全てCCCDとしていたのをアーティストの裁量に任せる方針に切り替えたが、もっと決断が早ければ、ヤミ帽のOPとEDはCDでリリースされていたのだろうか。

ちなみに、avexでもサクラ大戦関連についてはCCCDを一切採用せずCDを貫いている。ドリームキャストのようなゲーム機をCDプレーヤーとして使っている方に対して再生保証のないCCCDでリリースすることはできないという広井王子の方針だったかな。偉いぞ広井王子。

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ドラミがアニメに初登場した回もDVD化

ドラえもんコレクションスペシャル秋の4が9月15日に発売された。一番の目玉は「びっくり全百科 ドラえもんとドラミちゃん」であろう。1988年の大晦日ドラで再放送されたのが最後で、それ以来再放送されていない。

基本的には方倉陽二のドラえもん百科を元にした話ではあるが、ドラえもんとドラミはなぜ兄妹なのか?ドラミはなぜドラえもんより性能がいいのか?が明かされる重要な話となっている。22世紀の世界でドラえもん達に対して説明してくれる博士の独特の「ゥオイル」のイントネーションも見所である。既にDVD化されている「おまたせ ドラミちゃん初登場! のび太の海底ハイキング」と併せて楽しむのがいいだろう。

なめとんのかノートン

LavieNXに入れていたNorton InternetSecurity(NIS)とNorton SystemWorks(NSW)2003の更新期限が来たので2004へのバージョンアップ作業を行ったのだが、Windows XP 動作最低スペックの Celeron 300MHz のためか異様に時間がかかった。ようやくインストールし終えて LiveUpdate を実行したのだが、何回実行してもWindows XP SP2 のセキュリティセンターに対応させるためのパッチ(Norton Windows Management Instrumentation (WMI))が現れず、インストールできない。おまけにウイルス定義ファイルの更新もできなくなってしまった。エラーメッセージにはサポート情報への直リンクも出て、リンク先に書いてある対処方法を実行してみたのだが全く解決せず。費やした時間、実に約5時間。完全に解決するには一度アンインストールしてレジストリも初期化してから入れ直した方が速いかもしれないが、体力も尽きたので続きはまた後日。


2004.9.19追記
めんどくさくなって未だにほったらかしにしているのだが、Norton2004シリーズ用のWMIは現在配布一時停止中のようだ。

Norton 2004 シリーズ用の更新版は、2004 年 8 月 17 日より LiveUpdate にて提供していましたが、現在利用できません。Norton WMI Update をインストールした後に表示されるセキュリティ警告をよりわかりやすく改善するためです。

2004.11.5追記
いつのまにかWMIの配布は再開されていた。

テレビ朝日チンプイ再放送2回目

先週はなかったので2回目である。このペースで行くと最終回まで2年かかることになるが、最後までやってくれるのやら。

さて、本日放映されたBパートの「ご先祖は日本王?」は自分が初めて原作のチンプイに触れた記念すべき作品である。小2か小3の頃だっただろうか。購入した藤子不二雄ランドのドラえもん15巻の巻末に収録されていた。当時、小学校で歴史を学ぶ前だったためか、読んでも意味がよくわからなかった。アニメ化されて初めて意味を理解したような気がする。原作版チンプイは小学校中学年以上を対象に描かれていたのではないかと感じる。悲しいかな藤子・F・不二雄氏存命時に読んだ原作はこの1本だけである。アニメはエスパー魔美の後番組だったことからスライドで見ていたが、年が明けた4月からは中学受験のためほぼ毎日塾に通うことになり、その時点でチンプイの視聴は諦めた。ドラえもんの視聴は予約録画してまで続けていたが、これも受験勉強が忙しくなるにつれて自然とやめていった。

F氏没後の1997年、たまたま藤子不二雄GALLERYを見て完全版チンプイ全4巻が発売されたことを知り、すぐに買いに行き、チンプイ全作品を手元に揃えることができた。あのときは本当にインターネットの便利さを実感した。それから数年後、実家に帰郷した際に博多駅前のブックオフでFFランドスペシャルチンプイが全巻売られているのを発見。衝動買いした。

テレビアニメ「ああっ女神さまっ」はキャスト変更なし

9月4日と5日に行われたTBSアニメフェスタで第1話先行上映と共にキャストも発表されたそうだが、1993年発売のOVAから1998年にWOWOWで放映されたSD短編アニメ「小っちゃいって事は便利だね」、そして2000年公開の映画版まで一貫して変更なしだったキャストは今回のテレビアニメでも一切変更はないらしい。変更がないのであれば、ここまで未発表で引っ張ってきてもったいぶらなくてもいいのに、心配するだけ損であった。1993年当時はまだまだ若手であった声優も、既にベテランの域に達しているだけに、今回のテレビアニメ化にあたっては、もしかしたら若手声優にキャスト変更される可能性も否定できなかった。商売的にも若い世代を振り向かせるためにあり得ることだった。でも、実際にキャストが変更されたならば、昔からのファンからのバッシングはすごくなることが予想される。過去において、「小っちゃいって事は便利だね」の第12話まで井上喜久子産休のためベルダンディー役は岡村明美が務めた事があったが、事情を知らなかったファンからは大不評であったらしい。

6日に発売されたばかりの連載15周年記念ファンブックああっ女神さまっCOLLECTIONでは、テレビアニメのキャストに関しては触れていないものの、巻末にはメインキャスト(井上喜久子、冬馬由美、久川綾、菊地正美、佐久間レイ、淵崎ゆり子)からのお祝いメッセージが掲載されていた。しかし、OVA化以前の比較的連載初期に発売された、現在とキャストが異なるCDについては一切触れられていなかった。タブーなのだろうか。

ああっ女神さまっは連載期間が長期の割にアニメ映像がきわめて少ない。しかし、OVA、ドラマCD、「小っちゃいって事は便利だね」、映画で結構マイナーなキャラまでキャストは決まっている。まだキャストが決まっていないキャラを探す方が難しい。シーグル、ヴェルスパーが代表的な例であろうか。しかし、原作通りの展開で進んだ場合、これらのキャラが出てくるところまでアニメ化してくれるのだろうかと思ってしまう。少なくとも2クールはやる様なので、期待はしている。

だが、現時点で放映が決まっているのはBS-iとTBSチャンネルのみ。地上波で放映されるかどうかは怪しい。深夜枠でもいいから地上波でやってほしいものだ。

EYE・COM復刻

EYE・COMとは週刊アスキーがまだ月2回刊だった頃の名称である。月2回刊から週刊化され、同時に雑誌名が変更になったいきさつについてはこの際置いておく。まあどこかに書いてあるでしょ。中身の方はEYE・COM時代は人を選ぶようなマニアックな内容だったのが、週刊化された際に、特集や記事についてはかなり一般向けになった。現在は「電脳なをさん」「だってサルなんだもん」「カオスだもんね!」「松井の辞典」といった連載陣にのみ、EYE・COM時代の雰囲気が残っている。週刊化され早7年。幸いにも安定した部数で、休刊されることもなく無事続いている。

EYE・COMは初めて自分が定期的に購入していたパソコン雑誌であり、ほぼ毎号欠かさず買っていた。週刊化された当初は時々買っていたものの、一般大衆化していく雑誌の内容が割に合わず、立ち読みで済ませるようになってしまった。

さて、発行元のASCIIから突然、1号限りながらEYE-COMが復刻された。なぜこの時期にと思ったが、さっそく書店で手にとって見て、表紙からして外国人のねーちゃんであり、あの頃が次々によみがえってきた。2100円という高価な価格にもかかわらず、すぐに購入した。

EYE・COMといえば、CPUの上にフライパンを載せて目玉焼きやたこさんウィンナーの焼き具合の比較を行う記事に代表されるように、バカ記事のオンパレードな雑誌であった。Windows95発売前、パソコンがまだマニアックだった頃に、Windowsやビル・ゲイツの知名度を調べるため街中でインタビューをするという特集があったのだが、お年寄りが多い巣鴨や外国人の多い六本木、極めつけは歌舞伎町のゲイバーまで足を運んで、バーのママ(♂)に聞いたりと言ったような、よくわからない特集も多かった。現在の週刊アスキーには各方面の著名人がパソコンを使ってレポートを書いているコーナーがあるが、EYE・COM当時は編集部員が書いていた。普通に使ってるのになぜか次々にトラブルが起こり、それを解決していく課程は、今の何倍も面白かった。また、18禁のビデオCDを見るために、ボードを増設したり苦労しながら見ると言ったようなお馬鹿なレポートも多かった。EYE・COMは編集部員の露出がきわめて多く、時にはコスプレしたり、特集の最後は緊急座談会があったり、とにかく、パソコンはこんなに楽しいものなんだと言うことを教えてくれた雑誌だった。

EYE・COM最終号の一つ前の号で、週刊化されたらEYE・COMはこうなりますといったようなお知らせがあったのだが、週刊アスキーのニュースの早さの比較グラフで比較対象になっていたのは、新幹線のぞみ号(270km/h)と98キャンビー(200MHz)。「週刊アスキーはのぞみ号よりも速いのだ。98キャンビーも健闘している。」と言ったように、完全に意味不明なお知らせであった。

今回の復刻版では、冒頭からEYE・COM元編集長F岡による寄稿「新撰組と私」と言うように、もう飛ばしまくり。ページをめくるたびに腹を抱えて大笑いした。当時の連載記事や読者ページも復活。編集部員が読者ページで毒を吐いていた「重馬場一直線」や「おたよりBOMBERS」もある。ロヒって叱ってダーリンや青木光恵の漫画もある。2100円は高いが、値段分の価値はあったと思う。

EYE・COM最終号で最後にF岡はこう言った。

「やっぱEYE・COMみたいなのしか作れんわ~」。

あれから早7年である。

さあ書店に行ってEYE・COM復刻版を買おう。今すぐ買おう。開いてなければ通販だ。(スタパ斉藤風)

本日はドラえもんの誕生日

-108歳おめでとうございます。

ドラえもん公式サイトでは、記念企画としてドラ落語の配信も行われている。紹介ページにも書かれているように、ドラえもんと落語との関わりは深く、ドラえもんのギャグには古典落語を元にしたものも多い。今まで落語を見たことがなかったが、映像の冒頭には落語の説明もなされており、面白い試みだと思った。

2112年になっても、藤子・F・不二雄が描いたドラえもんの面白さがそのまま伝えられていることを願う。

さて、パーマン大研究が特集として出ているGirlieという雑誌を購入したのだが、公式サイトを見ても、どんなジャンルの雑誌なのかよくわからない。この雑誌がどこにおいてあるのかさっぱりわからず、かなり探し回ってしまった。女の子クリエイターマガジンとあったので、女性向けのファッション雑誌コーナーを恥ずかしさ承知で見ても見あたらなかった。結局、店員に堂々と聞ける本屋で手に入れたのだった。

スナック菓子と焼そばのコラボレーション

久しぶりの食べ物ネタである。

最近、2つの食品会社によるコラボレーションが流行っている。暴君ハバネロの東ハトとサッポロ一番でおなじみのサンヨー食品のコラボによる新製品、その名も、暴君ハバネロ激辛焼そば。ハバネロは単なる唐辛子の名前に過ぎないため、暴君ハバネロ大ヒットに便乗して、ハウス食品がハバネロカレーを出したり、マルハがハバネロソーセージを出したりしていたが、いよいよ本家も沈黙に耐えかねたのか、動き出したと言うところか、実際、ハバネロ公式サイトでは「類似商品?甘いのう。」という挑戦的なコメントもみられる。ハバネロカレーもハバネロソーセージも既に食べたことはあるが、グリコのLEEみたいにひいひい苦しむほどの辛さはなかった。

さて、明星食品カルビーが組んだ焼そばがローソン限定で発売されていた。「ピザポテト焼そば」「コンソメパンチ焼そば」「のり塩焼そば」「かっぱえびせん焼そば」の4種類があり、「のり塩」を除いた3種類は食べる事ができたものの、「のり塩」を買いに行った矢先に、いつも行くローソンからは既に姿を消していた。どの焼そばも、出来上がるとポテトチップやえびせんそのままのにおいがして、大変不気味であった。味の方は、不味くはなかったものの、一度食べれば十分というレベルであった。

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